土間とアレクサンダー・テクニークWS〜無用の用に身心を浸す〜
Schedule
Wed Jan 28 2026 at 11:00 am to 03:00 pm
UTC+09:00Location
名古屋 西念寺 浄土真宗本願寺派(西本願寺) | Nagoya, AI
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土間とアレクサンダー・テクニークWS〜無用の用に身心を浸す〜
「無用の用」という老荘思想(老子や荘子の思想)の重要概念を、身体的に、あるいは空間的(老子は車輪の真ん中の空間や器、部屋の空間を譬えにしている)に表現したいなあと思っていたら、「土間(どま)」という存在が思い浮かびました。「内でもなく(内でもあり)、外でもなく(外でもある)、そしてその境界にある」場所。ある建築家の方が、「玄関の土間は、過去の名残ではなく、未来の暮らしを変える“境界の詩”です」。と言っています。
「境界の詩」とは!?素敵な表現です。
どういうことかというと、引用してみます。
近年、建築学や社会学の領域では「境界」の重要性が再び注目されています。
心理学者ガストン・バシュラールは『空間の詩学』で、家は人間の記憶を育む器だと語りました。
また都市研究者のレム・コールハースは「境界をデザインすることが都市の可能性を広げる」と指摘しています。土間こそ、この「境界の詩学」を最も身近に体現する存在です。
外でも内でもない曖昧さが、人間関係を柔らかくし、暮らしに余白を生む。土間は単なる通過点ではなく、居場所であり、対話の始まりなのです。
(光と余白を設計する建築家。** architecture/一級建築士/designeさん)
西念寺さんの土間から始まるWSを開きたい。そう思って、ご興味もたれた方をお誘いしたいと思いました。「土間で会いましょう!」(とりあえず土間に集まって、集まった皆さんから土間の感想を聞いてからWSの内容は考えます!(笑))
かつての日本家屋における土間は、半分は外、半分は内。そこには日常の営みが自然と滲み出ていました。
味噌樽や漬物石が並び、濡れた野菜を置く音が石床に響き、夕方になると近所の人がふらりと顔を出す。
土間は“生活の舞台”であると同時に、“偶然の出会いの場”でもあったのです。
つまり、そこには「居心地」と「にぎわい」が同居していた。冷たい石の床に触れると少し背筋が伸び、でもその冷たさを媒介に、人の温もりを感じられたのではないでしょうか。
(前引用同様 光と余白を設計する建築家。** architecture/一級建築士/designe さん )
(https://note.com/toshinakamura/n/nc07d1e02efad)
WS「外から土間へ 土間から外へ 土間から内へ 土間から土間へ」。
アレクサンダー・テクニーク教師兼長源寺住職 澤中道全
日時 1月28日 午前の部10時
午後の部 14時
参加費 午前、午後どちらも2000円
場所 西念寺 土間、和室
参加申し込みはDMをお願いします。
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Where is it happening?
名古屋 西念寺 浄土真宗本願寺派(西本願寺), 千種区千種2丁目9-20,Nagoya,Aichi,JapanEvent Location & Nearby Stays:
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